増鏡 - 井上宗雄

井上宗雄

Add: zopyv76 - Date: 2020-12-18 08:34:44 - Views: 7170 - Clicks: 9879

『増鏡』(井上宗雄/講談社学術文庫)の下巻を自分用にまとめているシリーズです。後醍醐天皇の寵臣だった花山院師賢。皆さんの師賢についての印象や知っていることってどんな感じでしょうか。だいたい、元弘元年(1331年)に笠置寺に籠城した後醍醐天皇の身代わりに比叡山に行って. 『増鏡』(井上宗雄/講談社学術文庫)の下巻を自分用にまとめているシリーズです。今日は佐々木導誉と佐々木時信について。ほんのちょっとしか登場しませんが、後醍醐天皇(大覚寺統)寄りの『増鏡』作者が特に登場させたんだな、という感じのエピソードが載っています。(このシリーズ. 増鏡 / 井上宗雄全訳注: 主題: 歴史物語: 分類・件名: ndc6 : 913. 】 増鏡 全訳注(中)/井上宗雄(著者)/中古本・書籍/ブックオフオンライン/ブックオフ公式通販・買取サイト。 1500円以上のご注文で送料無料。 BL・ラノベ・文庫から、ビジネス書・専門書・問題集・参考書まで、中古本ならではの絶版書もあります!.

Amazonで井上 宗雄の増鏡(上) (講談社学術文庫)。アマゾンならポイント還元本が多数。井上 宗雄作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. 10 形態: 3冊 ; 15cm 著者名: 井上, 宗雄(1926-) シリーズ名: 講談社学術文庫 ; 書誌id: bnisbn:. 『増鏡全注釈』 河北騰 笠間書院 5. 第二部は(三神山)から(千島)までで後嵯峨院を中心に記述する。 3. 井上宗雄 『増鏡』 下巻 講談社〈講談社学術文庫〉、1983b。ISBN。 2. 井上宗雄 『増鏡』 上巻 講談社〈講談社学術文庫〉、1979年。 鳥羽殿、白川殿なども修理せさせ給ひて、常に渡り住ませ給へど、 なほまた水無瀬といふ所に、えもいはずおもしろき院づくりして、しばしば通ひおはしましつつ、 春秋の花紅葉につけても、御. 増鏡 : 全訳注 フォーマット: 図書 責任表示: 井上宗雄〔訳注〕 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 講談社, 1979.

成立年代について、確実な上限は記事が終った元弘3年(1333年)6月で、また確実な下限は尾張本奥書の記載から天授2年/永和2年(1376年)4月である。 「久米のさら山」の章で、興仁親王(のちの崇光天皇)が後に「まうけの君」(皇太子)になったことが言及されていることから、上限をさらに興仁立坊の日付である延元3年/暦応元年(1338年)8月13日に狭められることを和田英松が指摘し、反論も全く無い訳ではないものの、基本的に広く承認されている。 さらに狭める説としては、一つには応安年間前後(1368–1375年前後)という説がある。岡一男は、新陽明門院のような不行跡を為したという「このごろの人」(「さしぐし」の章)を、後光厳院の後宮である二品局に結びつけ、『大日本史』で二品局が藤原懐国と密通したとされる応安末(1375年)ごろの成立とした。また、『日本古典文学大系』本を校注した木藤才蔵は、作者を二��良基に比定する観点から、良基が足利義満のもと朝儀再興を計画した応安初年(1368年)から永和2年(1376年)ごろであろうとした。 その一方で、「月草の花」の章に「今の尊氏」(一説に「現在活躍している尊氏」という意味)とあることから、下限を尊氏が薨去した正平13年/延文3年4月30日(1358年6月7日)とする説を和田が唱え、西沢正史や井上宗雄も同意している。年に入り、小川剛生も『園太暦』における「今」という語の用法に基づき、和田説を補強した。 西沢正史(正二)は、作者を二条良基に比定する場合を前提として、正平8年/文和2年(1353年)に発生した南朝による京都占領が下限に深く関わる可能性を指摘している。この占領の際に良基は後光厳天皇が避難した美濃国に同行し、その間に南朝軍が良基邸にあった二条家伝来の家記・文書を没収したことが知られ、良基が作者であればこれ以降の時期には資料の散逸及び政治的立場の変化(持明院統=北朝及び武家政権=室町幕府の支持の明確化)によって大覚寺統=南朝及び公家政権に好意的な作品を書くとは考えにくいとする。 その他、下限を阿野廉子が院号宣下を受けた正平6年/観応2年(1351年)12月とする宮内三二郎の説や、興仁親王が受禅した正平3年/貞和4年(1348年)10月とする宮内・小川の説などがある。. 井上宗雄 『増鏡』 上巻 講談社〈講談社学術文庫〉、1979年。ISBN 。 1. 井上宗雄 『増鏡』 中巻 講談社〈講談社学術文庫〉、1983a。ISBN。 1. 井上宗雄 『増鏡』 上巻 講談社〈講談社学術文庫〉、1979年。ISBN。 1. 著者略歴を見ると河北氏は1927年生まれで、1926年生まれの井上宗雄氏と同世代なんですね。 『増鏡全注釈』は、仮に三十年くらい前に出ていたら、それなりに学問的価値があった本かもしれませんが、年では隠居仕事と言わざるをえないですね。-----.

古本・古書検索最大級の通販サイト 日本全国900軒の古書店、古本屋が参加 書籍データ600万件超 随時更新中 絶版書や探していた珍しい本・資料が見つかる買える!. See full list on wpedia. 第三部は(秋のみやま)から(月草の花)までで後醍醐天皇の即位から隠岐配流・親政回復までをのべている。 この時代の和漢混淆文ではなく擬古文体で書かれているのも特徴である。. 増鏡(下) - 全訳注 - 井上宗雄 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!. 井上 宗雄(いのうえ むねお、1926年 10月10日 - 年 3月18日)は、国文学者、立教大学名誉教授。.

投稿者:鈴木小太郎投稿日:年12月29日(金)19時49分23秒本文に入ります。巻一は治承四年(1180)から建保六年(1218)までの出来事を記していて、後鳥羽院の出生から始まります。(井上宗雄『増鏡(上)全訳注』、p32以下)-------御門始まり給ひてより八十二代にあたりて、後鳥羽院と申すお. 全訳 注者、井上宗雄氏に当該出版部を通して質問状を送る。他の学術書につい ては、校注者 などが既に死亡されていることが確認されたため。(因みに『増鏡 詳解』、古典全 書『増鏡』岩波古典文学大大系『増鏡』など). 序の部分に「愚かなる心や見えんます鏡」と老尼が詠んでおり、さらに筆者の「いまもまた昔をかけばます鏡 振りぬる代々の跡にかさねん」という歌から書名が由来する。 「ます鏡」とは、第一義には、「真澄(ますみ)の鏡」の略であり、古語で「よく澄んだ鏡」という意味である。井上宗雄は、古を「今の鑑」(現代への手本)とする『今鏡』の訓戒の精神とは違い、『ます鏡』という題には、過去を偽りなく写す鏡であるという歴史的事実をありのままに記すことを重んじる精神が現れているのではないかとしている。 さらに、岡一男・山岸徳平・鈴木一雄らによる、「大鏡」・「今鏡」・「水鏡」のいわゆる「三鏡」にさらに一つを「増す」(付け加える)というダブルミーニングなのではないかという説もある。 なお、現在は普通「増鏡」と表記されるが、写本では「真寸鏡」「益鏡」「ますかゞみ」といった表記もある。『源起記』という題を用いる写本もある。. 序の部分に「愚かなる心や見えんます鏡」と老尼が詠んでおり、さらに筆者の「いまもまた昔をかけばます鏡振りぬる代々の跡にかさねん」という歌から書名が由来する。 「ます鏡」とは、第一義には、「真澄(ますみ)の鏡」の略であり、古語で「よく澄んだ鏡」という意味である。井上宗雄は、古を「今の鑑」(現代への手本)とする『今鏡』の訓戒の精神とは違い、『ます鏡』という題には、過去を偽りなく写す鏡であるという歴史的事実をありのままに記すことを重んじる精神が現れているのではないかとしている。 さらに、岡一男・山岸徳平・鈴木一雄らによる、「大鏡」・「今鏡」・「水鏡」のいわゆる「三鏡」にさらに一つを「増す」(付け加える)というダブルミーニングなのではないかという説もある。 なお、現在は普通「増鏡」と表記されるが、写本では「真寸鏡」「益鏡」「ますかゞみ」といった表記もある。『源起記』という題を用いる写本もある。. 『増鏡』井上宗雄訳注で全3巻 - 詳解は17巻本に対してだが、17巻本にない19巻本の内容についても簡単な注釈付きの全訳が行われている。 1. 西沢正二 『「増鏡」研究序説』 桜楓社、1982年。ISBN 。. 小川, 剛生「北朝廷臣としての『増鏡』の作者 : 成立年代・作者像の再検討」『三田國文』第32号、年、 1–17。.

増鏡 : 全訳注 全3冊揃 <講談社学術文庫> ¥ 7,000 (送料:¥200~) 井上宗雄 訳注 、講談社 、、15cm 、3冊. 古典文庫 1982. 著者について、近代までは一条経嗣・一条兼良・一条冬良ら一条家の人間の誰かが推定されていた。その後、「応永本」などの奥書から永和2年(1376年)には既に存在していたことが明らかになり、その根拠は失った。 基本的には、北朝の公家貴族で、和歌から『源氏物語』などの小説まで日本文学に幅広く精通し、かつ学問への素養が深い人間が想定される。石田吉貞は、内容からして元弘の乱の混沌を直に見た人物ではないかとする。井上宗雄は、敬語表現からして、名家(公家の家格の一つ)の人間を軽んじる傾向から、羽林家もしくは大臣家以上の家格の人間であろうとしている。また、小川剛生によれば、南朝を開いた後醍醐天皇を畏敬し、和歌では二条派に親しく京極派にはそれほどでもなく冷泉派には全く無関心である人物である。 以上の人物像に最も合致する人物として、昭和時代、特に有力視されたのは北朝准三宮にして連歌の大成者である二条良基である注釈 1また良基は北朝の実力者でありながら、南朝を開いた後醍醐天皇とは朝儀復興という理想を共有することから、後醍醐への敬愛が著しく、この点も『増鏡』の内容と一致する。とはいえ、これらはあくまで状況証拠であり、慎重さを求める声も多く、有力説ではあるものの「通説」とまでは至っていない。 その他には、和田英松の二条為明説、宮内三二郎の兼好法師説(これはほとんど支持されない)、田中隆裕の洞院公賢説などがある。また、関東四郎の二条為定説や荒木良雄の丹波忠守説などもある。また、二条良基著者説に否定的な小口倫司は中院家関係者を著者として想定した。 作者を南朝の人間とする説も一部にあり、中村直勝は、南朝公卿四条隆資の還俗で『増鏡』が終わることから、作者は隆資ではないかとした。しかし、石田らは公家大将として戦場でも活躍した隆資に執筆の時間があったかどうかを疑問視し、四条説を否定した。一方、小沢良衛は、『増鏡』が資料として多く用いた『とはずがたり』の作者後深草院二条は母方が四条家であることを指摘し、隆資説を積極的には否定しない。 井上や小川は、現存する資料のみから特定の人物に比定する試みそのものに無理があるとし、判断を控える注釈 2。. 著者 井上宗雄 出版社 講談社 発売日 1983年1月1日 定価 ¥1,200+税.

増鏡 中の本の通販、井上宗雄の本の情報。未来屋書店が運営する本の通販サイトmibonで増鏡 中を購入すれば、ポイントが貯まります。本の通販 mibonでは文庫の本 新刊・既刊や雑誌など約250万冊の本が購入できます。. 著者について、近代までは一条経嗣・一条兼良・一条冬良ら一条家の人間の誰かが推定されていた。その後、「応永本」などの奥書から永和2年(1376年)には既に存在していたことが明らかになり、その根拠は失った。 基本的には、北朝の公家貴族で、和歌から『源氏物語』などの小説まで日本文学に幅広く精通し、かつ学問への素養が深い人間が想定される。石田吉貞は、内容からして元弘の乱の混沌を直に見た人物ではないかとする。井上宗雄は、敬語表現からして、名家(公家の家格の一つ)の人間を軽んじる傾向から、羽林家もしくは大臣家以上の家格の人間であろうとしている。また、小川剛生によれば、南朝を開いた後醍醐天皇を畏敬し、和歌では二条派に親しく京極派にはそれほどでもなく冷泉派には全く無関心である人物である。 以上の人物像に最も合致する人物として、昭和時代、特に有力視されたのは北朝准三宮にして連歌の大成者である二条良基であるまた良基は北朝の実力者でありながら、南朝を開いた後醍醐天皇とは朝儀復興という理想を共有することから、後醍醐への敬愛が著しく、この点も『増鏡』の内容と一致する。とはいえ、これらはあくまで状況証拠であり、慎重さを求める声も多く、有力説ではあるものの「通説」とまでは至っていない。 その他には、和田英松の二条為明説、宮内三二郎の兼好法師説(これはほとんど支持されない)、田中隆裕の洞院公賢説などがある。また、関東四郎の二条為定説や荒木良雄の丹波忠守説などもある。また、二条良基著者説に否定的な小口倫司は中院家関係者を著者として想定した。 作者を南朝の人間とする説も一部にあり、中村直勝は、南朝公卿四条隆資の還俗で『増鏡』が終わることから、作者は隆資ではないかとした。しかし、石田らは公家大将として戦場でも活躍した隆資に執筆の時間があったかどうかを疑問視し、四条説を否定した。一方、小沢良衛は、『増鏡』が資料として多く用いた『とはずがたり』の作者後深草院二条は母方が四条家であることを指摘し、隆資説を積極的には否定しない。 井上や小川は、現存する資料のみから特定の人物に比定する試みそのものに無理があるとし、判断を控える。. 製品名: 増鏡(下) 著者名: 訳:井上 宗雄 発売日: 1983年10月05日: 価格: 定価 : 本体1,200円(税別) isbn:: 通巻番号: 450. 5-古典文庫 第428冊, 第444冊, 第458冊, 第465冊, 第480冊, 第489冊, 第504冊, 第522冊, 第575冊, 第650冊. 井上宗雄 『増鏡』 中巻 講談社〈講談社学術文庫〉、1983a。ISBN 。 1.

増鏡 全訳注 上 講談社学術文庫 - 井上宗雄のページをご覧の皆様へ HMV&BOOKS onlineは、本・CD・DVD・ブルーレイはもちろん、各種グッズやアクセサリーまで通販ができるオンラインショップです。. 副題 シリーズ名 学術文庫 450 訳者 井上 宗雄 isbn. 巻数については古くは17巻本と19巻本が存在していた。通説では前者を「古本」・後者を「増補本」(「流布本」)と読んで区別している。両者の違いは物語の中盤あたり(後嵯峨天皇の即位後からその院政期)の記述が大きく違っているところにある。通説では前者を増補改訂して後者が作られたと考えられているが、後者の方が先に書かれて後に様々な事情によって一部が削除したものが前者だとする説もある(ちなみに年代の錯簡は後者の方が少ないと考えられている)。いずれが先であったとしても14世紀末には既に2種類の『増鏡』が存在したようである。 なお、現在存在する20巻本は、幕末期の校訂成果を元に明治時代に和田英松らが、写本系統によっては載せざる「烟の末々」の巻と「北野の雪」の巻について、「事実を諸史に考証」し「年代に推当して」巻次を改め、和田らの評釈の本文としたものである(『増鏡詳解』緒言)。これは歴史的な展開を重視し、諸本を再構成したものであり、原『増鏡』を復元したものではない。国文学者の間では、原書を重んじる立場からこの再構成された『増鏡』に対する批判もある。それ故に、原『増鏡』の研究のためには17巻本・19巻本に基づいて行われるのが一般的である。.

10 形態: 3冊 ; 15cm 著者名: 井上, 宗雄 シリーズ名: 講談社学術文庫 ; 書誌id: bnisbn:. 『増鏡』井上宗雄訳注で全3巻 - 詳解は17巻本に対してだが、17巻本にない19巻本の内容についても簡単な注釈付きの全訳が行われている。 井上宗雄 『増鏡』 上巻 講談社〈講談社学術文庫〉、1979年。isbn。. 『日本古典文学大系 神皇正統記 増鏡』 木藤才蔵・時枝誠記校注、岩波書店、新装版刊 4.

成立年代について、確実な上限は記事が終った元弘3年(1333年)6月で、また確実な下限は尾張本奥書の記載から天授2年/永和2年(1376年)4月である。 「久米のさら山」の章で、興仁親王(のちの崇光天皇)が後に「まうけの君」(皇太子)になったことが言及されていることから、上限をさらに興仁立坊の日付である延元3年/暦応元年(1338年)8月13日に狭められることを和田英松が指摘し、反論も全く無い訳ではないものの、基本的に広く承認されている。 さらに狭める説としては、一つには応安年間前後(1368–1375年前後)という説がある。岡一男は、新陽明門院のような不行跡を為したという「このごろの人」(「さしぐし」の章)を、後光厳院の後宮である二品局に結びつけ、『大日本史』で二品局が藤原懐国と密通したとされる応安末(1375年)ごろの成立とした。また、『日本古典文学大系』本を校注した木藤才蔵は、作者を二条良基に比定する観点から、良基が足利義満のもと朝儀再興を計画した応安初年(1368年)から永和2年(1376年)ごろであろうとした。 その一方で、「月草の花」の章に「今の尊氏」(一説に「現在活躍している尊氏」という意味)とあることから、下限を尊氏が薨去した正平13年/延文3年4月30日(1358年6月7日)とする説を和田が唱え、西沢正史や井上宗雄も同意している。年に入り、小川剛生も『園太暦』における「今」という語の用法に基づき、和田説を補強した。 西沢正史(正二)は、作者を二条良基に比定する場合を前提として、正平8年/文和2年(1353年)に発生した南朝による京都占領が下限に深く関わる可能性を指摘している。この占領の際に良基は後光厳天皇が避難した美濃国に同行し、その間に南朝軍が良基邸にあった二条家伝来の家記・文書を没収したことが知られ、良基が作者であればこれ以降の時期には資料の散逸及び政治的立場の変化(持明院統=北朝及び武家政権=室町幕府の支持の明確化)によって大覚寺統=南朝及び公家政権に好意的な作品を書くとは考えにくいとする。 その他、下限を阿野廉子が院号宣下を受けた正平6年/観応2年(1351年)12月とする宮内三二郎の説や、興仁親王が受禅した正平3年/貞和4年(1348年)10月とする宮内・小川の説などがある。. Pontaポイント使えます! | 増鏡 全訳注 中 講談社学術文庫 | 井上宗雄 | 発売国:日本 | 書籍 || HMV&BOOKS online 支払い方法、配送方法もいろいろ選べ、非常に便利です!. 中古本を買うならブックオフオンラインヤフオク!店。まとめ買いで更にお得に!! タイトル増鏡 全訳注(上) 講談社学術. 増鏡 : 全訳注 井上宗雄〔訳注〕 (講談社学術文庫, 448-450) 講談社, 1979.

井上宗雄, 大岡賢典編. 第一部は後鳥羽院を中心に記しており、(おどろのした)から(藤衣)まで。 2. 井上宗雄 『増鏡』 下巻 講談社〈講談社学術文庫〉、1983b。ISBN 。 2. 増鏡 上 (講談社学術文庫)/井上 宗雄(文庫:講談社学術文庫)の最新情報・紙の本の購入はhontoで。あらすじ、レビュー(感想)、書評、発売日情報など充実。書店で使えるhontoポイントも貯まる。3000円以上購入から国内送料無料で、最速24時間以内出荷。. 増鏡-全訳注 中: 井上宗雄: 講談社学術文庫: 講談社: 1983/09 発売 ( 文庫・475ページ ) isbn:: 価格: 1,650円 ( 本体: 1,500円 ).

西沢正二 『「増鏡」研究序説』 桜楓社、1982年。ISBN。. 増鏡(上) 著者名: 訳:井上 宗雄: 発売日: 1979年11月08日: 価格: 定価 : 本体1,100円(税別) isbn:: 通巻番号: 448: 判型: a6: ページ数: 341ページ: シリーズ: 講談社学術文庫. See full list on weblio.

『弥世継』(現在亡失)を継承して、治承4年(1180年)の後鳥羽天皇の誕生から、元弘の乱で後醍醐天皇が隠岐に流され、その後、元弘3年(1333年)6月に京都に戻るまでの、15代150年の事跡を編年体で述べている。 嵯峨の清凉寺へ詣でた100歳の老尼が語る昔話を筆記した体裁をとっている。ただし、現存の本においては尼は最初の場面だけの登場になっていることから、当初は他の「四鏡」と同様に尼が登場する最後の場面が書かれた部分が存在していたとする説もある。歴史物語の形式はとっているが、特定個人の宮廷生活の記録が混淆しており、典雅な文体で書かれている。 構成は全体が三部に分かれており、 1. 『増鏡』 和田英松校注、岩波文庫 3. 増鏡 上の本の通販、井上宗雄の本の情報。未来屋書店が運営する本の通販サイトmibonで増鏡 上を購入すれば、ポイントが貯まります。本の通販 mibonでは文庫の本 新刊・既刊や雑誌など約250万冊の本が購入できます。. 423 ndlc : kg148: 注記: 底本: 宮内庁書陵部蔵桂宮本: タイトルのヨミ、その他のヨミ: マスカガミ: その他のタイトルのヨミ、その他のヨミ: マスカガミ: 著者名ヨミ: イノウエ, ムネオ. See full list on 増鏡 - 井上宗雄 newikis. 『増鏡』(井上宗雄 全訳注 講談社学術文庫) 『太平記』(兵藤弘己 校注 岩波文庫) 『鎌倉後期宮廷の密教儀礼と王家重宝』(坂口太郎 日本史.

増鏡 - 井上宗雄

email: capod@gmail.com - phone:(636) 125-7633 x 3678

情報処理安全確保支援士 パーフェクトラーニング過去問題集 平成30年春期 - エディフィストラーニング - サムライカアサン

-> ニューステップE.2準拠<一橋版>
-> 大ぐるめ

増鏡 - 井上宗雄 - 彦根市史


Sitemap 1

情報処理技術者試験新2種重点ガイド 情報システムと応用知識 - 特別支援教育講義ノート 山本智子